一色淡生の全体面線点

思い付いたこと書く

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

日記

毎日詩やら短歌を書くのはしんどいので日記を書こう

さっきツタヤに行ってきた。
木村秋則さんの百姓が世界を救うとかいう本を立ち読み。

その中で、葉が自ら病気になるのを察知して、その部分だけ事前に切り離してしまうという話が興味深かった。
虫に食われたように見えるが、そうではなく自分の意思で切り離すのだそうだ。

このくだりを読んだとき、真っ先にアポトーシスという言葉を思い出した。

アポトーシスとは細胞の自殺である。
人間は胎児の頃、母親の胎内で人間の形を整えていく。
その段階で、始めは手はグローブ状になるのであるが、五本の指が出来上がるように、その間の細胞が自ら死んで消滅する。

これがアポトーシスの有名な例。

全体の完成に向けて、部分が自ら消滅する。
これは非常に示唆的である。

人権思想は人の命を尊重する人命至上主義を生み出した。
それは個人主義に結びつき、自殺は悪いこととなった。

姥捨て山のような犠牲も今では無駄死にと捉えられる。
或いは、関係性の希薄化により、関係ないものとして処理されてしまう。

このような、自分さえが生き残ればよいという非常に文化レベルの低い時代なのではないだろうか?

文化とは信頼である。

個人に価値を置けば、信頼は崩れるのではないかと思う。

生命が重くなり、生かさなければ罪という姿勢では、精神の自在さが失われて、結局個人主義自体も崩壊する。
あらゆるレベルでこのアポトーシスの姿勢は考えられるべきだろう。
スポンサーサイト
  1. 2012/06/09(土) 17:43:08|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<短歌 | ホーム | 思想4>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://isshikitannsei.blog.fc2.com/tb.php/38-c6a32c9d
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。