一色淡生の全体面線点

思い付いたこと書く

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日記

私たちはどこから来たのか、私たちは何者か、私たちはどこへ行くのか?

人間は保証される限りどこまでも残酷になれる。
安全を保証することは残酷な人間を増加させるのではないか?
社会主義しかり、結局は自分の首を絞めることになるのではないだろうか。

それではいかに生きるべきか?

保証などなしに死んで生きていく方法はあるのだろうか?

経済力が重要なのだそうだ。本当にそうか?
安易に安全になろうとすると、災害時に逃亡できなくなるのではないか?
仕事があるから逃げれない。というのはおかしくないか。

人間はもっと色んな所に行きたいはずだ。
ものを持つと動けない。ものをどんどん捨てていく。職も捨てる。全ては一時的なものだ。

居付かないことだ。

芸術は捨てていくことではないか?
排泄。

野蛮な国。文明とは信頼。

必要なものだけで生きていく。
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  1. 2013/07/31(水) 04:12:57|
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書き取り

私がオキーフといた時、彼女は私に、歩くこと、光のこと、ただあること、見ることについて話してくれた。
今回文章を書くにあたって、私は私なりのやり方で、読者が出来る限りオキーフに近づけるように考えた。
オキーフが暮らし、大切にしていた場所、太陽のかがやくその驚くほど美しい場所を彼女と一緒に歩いているつもりで、彼女の目を通してものを見て、感じてもらおうと努めた。

他人を理解したいと思ったら、思い込みや憶測は禁物だ。
自分の目で、その人のいた場所を、ちらとでも見ればいいのだ。

細かなことに繊細な目を向けて生きることだ。
季節の花、石に落ちる水の音、暮れなずむ頃の気配などに。
そうすることで自分が大きくなれるからではない。
自分を超越するものと調和して生きられるようになるからだ。




キヨは裸に、どこに空いているのか検討の着かない隙間から、海から吹き上がり、山に当たり、山に生えた木々の木の陰で冷やされ、岩場を伝って降りてくる風を感じた。
キヨの首を両の手で絞めた。息がつまり、キヨは血がいっせいに頭に駆け上がって、苦しさのため体が痙攣し始めるのを知った。
武はふっと手を離した。
子トンと体のどこかで音が立ち、その音に向かって自分が落ちながら、武の性器が動いているのを感じた。
キヨはいくつもいくつも自分が破れ、その破れ穴に向かって自分の力が集まり、全身が固くなっていった。


キヨは一人でくすくす笑った。
「疲れが取れるから、なぁ、きれいに洗ったるから」
キヨはいい、それから湯に身体を沈めた。
そうやっていると自分の体に湯がはいりこみ、
湯の中に武の精液が溶け出し、自分が体の中から元の生娘に戻るのだった。
キヨは覗いているものがいるなら、生娘に変わるその姿を見せてやりたかった。
キヨは湯の中で、武の牛や馬や犬をなぶった指で触れた体の隅々を、タオルでぬぐった。
そうすることでまたキヨの肌は、一度も男が触れたことのない生娘の肌になった。

  1. 2012/11/22(木) 01:43:39|
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書き取り

書き取りは気になった言葉を書き取っておいたもの


完璧を目指すものは生活の中に内なる光の反射を見つけなければならない。

アトリエは丘の端に建てられていた。
前方に棚があり、その先にはいくつもの農地と、サンタフェに続く農地が見渡せた。
大きな窓のおかげで、外の世界も身近だった。
長い時間、長い年月にわたって、オキーフはそこで光を描いた


「花について描かれた箇所がいいわ。
彼は花というものを良く理解していた。ねぇ、知ってる?
彼は蝶々は羽のある花であるといってるのよ。素敵な考え方じゃない?」

オキーフの一定不変のやり方を好む点、謙虚さ、正確さ、そう、彼女の、あの驚くべき正確さ。
彼女がなにかに触れるとき、そこには常に敬意が込められていて、丁寧な仕草で行われた。
視力の弱っていた彼女は、何かを見たいとき、それをほかのものから切り離して一つだけ見つめた。
何気ない行為が自然な儀式のように見えた。
例えばハンカチをたたむことも、彼女はあたかも、それが人間のなしうる最も重要なことだ、
とでもいうように行った。

ちょうど、茶道で慎重な振る舞いをするのに似ていた。
貝や石は的確な位置に置かれた。
彼女が長いこと着物のようなものを着ていたが、その着方も、
決して飾り立てるようなものではなく、茶道と同じ繊細さを以てなされた。

アビキューでのオキーフの生活を写したマイロンの写真は、オキーフ自身と同じくらい無駄のないものだ。
私は彼の撮る写真の、抑制された感じをすばらしいと思う。
この写真集には名前なんて必要ない気がする。
オキーフがひとつの花に意識を集中するとき、一瞬花と同化した彼女に名前などなくなるみたいに。


  1. 2012/11/20(火) 22:05:24|
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日記

今日は長年悩んでいたことに解決の糸口が見えた。

自分は運命を信じる。
運命とはコントロール出来ないもののことだ。
成るべくして成る必然であり、複雑な条件によって巡りあう人生の転機だ。

それは一見悲劇のようにも見えるが、確かに偉大な意味を持って、自分に向かってくる。

自分には意味のわからない事件がつい最近起きた。
随分思い悩んだが、解答は簡単なものだ。


「お前は家族に愛されている。もっと家族を大切にしろ。」というものだ。
こんなことに何十年も気づけなかった。

意味のわからない事件を運命と受け止めることが出来る精神をかろうじて持ち合わせることが出来て
良かった。

運命と思わなければただ被害者ぶって、何も気づくことは出来なかったろう。


問題はまだ解決していないが、これは善戦するしかない、
運命を信じて、勇気を失わないようにするしかない。


女性はしっかりと愛せば必ず応えてくれるはずだ。

  1. 2012/11/20(火) 00:19:12|
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日記

こんばんは、日記です。

自分は説明というのが、そもそもあまり好きではありません。
明るく、説く。

…暗いままでいいよ、

明るさというのは、必要な部分と、不必要な部分と、使い分けねばならない。

芸術は暗くて当然。
明るい芸術なんてないと思います。

なんなのかわからないけど、衝動があるわけです。
その衝動に従っておれば、自然に絵も詩も出来ます。

住みづらい世の中に対する絶望が、まず芸術以前の空間に充満していて、
そこから脱却せんとして、術をして芸を通す、
空間に穴を創る、そうして、絶望を掃き出していく。

暗くて当然
穴なんだから

芸術の本質は穴掘りだと思う。

穴さえ創ってしまえば、自然にそこに何かが集まって、溜まっていく。
穴は無条件に無目的に、
なんでも受け入れて、

長い長い時間を経過、経過、経過して、…海を象る。


その海が生み覆すことで、無神経な現実に一矢報いる。




一矢

芸術とはその程度のものかもしれない。

いろいろ考えすぎて、よくわからなくなってきた。
今日はここで
  1. 2012/10/03(水) 23:47:17|
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